Posted by SCTSTAFF | Posted in ●インタビュー | Posted on 01-04-2010
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富山県出身の書家、加藤あゆ美さんは幼い頃から書を始め、2002年に本格的に活動を開始しました。2006年には亀田兄弟(興毅、大毅)のオフィシャルブログの題字を手がけ、2007年には、フリーマガジン「エキリーブル」での書とコラムの連載をスタート。トップクラスの芸術家たちがひしめき合う、ニューヨークでも創作活動を行い、世界に目を向けた書道家として日本国内だけでなく、海外においても注目を集めています。
今回、初めてオーストラリアを訪問された際、サザンクロスタイムスの独占インタビューに応じてくださった加藤さん。人々に感動を与える、心に残る美しい「書道」という芸術への情熱を熱く語っていただきました。
記者: 今回のオーストラリアでの活動内容をお聞かせください。

オーストラリアの大自然の中で創作活動を行なう加藤あゆ美さん
今後、現地でワークショップや個展活動なども視野に入れ、グラスハウスマウンテンを望む自然の中や、バイロンベイ、サーファーズ・パラダイスなど現地の空気、人々に触れて、その場所で筆を執り、創作活動をしてきました。
記者: 書道という芸術はオーストラリアでどのように受け止められていますか?また、日本以外の国ではどのように受け止められましたか?
日本でも海外でも、書に限らずアート全般の話ですが、作品の中には作者の思いや考えが凝縮され詰まっていると思います。そして、漢字という文化の流れがあってもなくても、見る人の受け止め方や感じ方は様々です。
しかし、今回のオーストラリア訪問でもそうでしたが「これは絵なの?」と聞かれる事がよくあります。
漢字は元来、絵から生み出されたものなので、そのような感じ方はとても自然なこと。ただ、日本人は漢字に対する固定概念が強いせいか、そういった捉えられ方は少ないのが興味深いですね。

サーファーズパラダイスにて興味深々に作品を見つめる人達
記者: 書道のことを全く知らない海外の人に説明する時、どのように伝えていらっしゃいますか?
漢字に興味を持ってくれる人が本当に多く、その人の名前を漢字に当てはめて書いてあげると喜んでくれたりして。言葉がなくても人と人が繋がれる手段というか、何かそういった言葉では表現しきれない素晴らしいものを感じます。
記者: 書道をやっていてよかったなあと思う時は、どんな時ですか?

「逢」
自分の作品で誰かが喜んでくれたときはやはり嬉しいです。名前を書にしたビジネスカードの製作などもしているのですが、その方のイメージで書いているので気に入っていただけると最高に嬉しいですね。また、会話すること意外で自分の思いを伝える手段として書があるのは良かったなと思います。書と一緒に詩も書いているのですが、伝えたい事を丸ごとのせて表現できるものの存在は私にとって、とても幸せであり大きなことです。
記者: 個性的なスタイルをお持ちですが、どんなところからインスピレーションが沸いてくるのですか?

「花」
何気ない普段の生活の中からでも沸くときはありますが、やはり今回のように知らないものに触れるというのは大きいです。行った事のない場所に行くこと、知らない人に会うこと、また初めて見る景色などからは刺激をたくさんもらいます。あとは気持ちの悪いもの(笑)。例えば毛虫だったりなんでもいいのですが、何かウッと嫌悪感を抱くものを見たときや聞いたときなどはインスピレーションを感じます。決してそういうものが好きなのでなく、むしろ苦手なのですが、そういったものの中に、何かゾッとするような美しさを感じるときがあります。よく、「嫌な事や辛い事なども全て糧になる」というようなことを耳にしますが、なんとなくそれと似ているように思います。逆境の中にこそ光の導があるのかもしれませんね。
記者: 将来の展望をお聞かせください。

「I am」
国内外問わず様々な場所で活動をしていき、また書道という概念にこだわらず作品を作っていきたいです。そういった中で誰かの役に立って喜ばせる事ができたり、誰かに感動を与えることができるかもしれない。
感動が与える効力は凄いと思います。私は感動は感動へ伝染し、人は何かいい事をしたくなると信じています。私の作品を見てくれた人が何かを感じてくれて次に繋がればこんなに嬉しいことはありません。
私の夢は「みんなの心の温度を1度上げる」こと。人の役に立つって難しいと思うんです。でも私の作品が何かの足掛けになり、そして心の温度を上げることが出来れば、みんなが笑顔になる事が増えるかも。楽しいニュースが増えるかも。そして地球の温度は下がるかも・・・。とそんなことを考えながら、実現できるようこれからも精進していきたいです。
加藤あゆ美に関するお問い合わせ先
エッセンス加藤あゆ美事務局 担当:中川洋太
yo-t.nakagawa@image.ocn.ne.jp
Posted by SCTSTAFF | Posted in ●インタビュー | Posted on 03-03-2010
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ケアンズ在住のジャマイカ人DJハリー(左)と、マッドプロフェッサー(右)
世界を飛び回り、最高にノリのいいダブ、ラヴァーズ・レゲエのリミックスを聞かせてくれるUKナンバー1ダブマスターのマッド・プロフェッサー。ブラジルの北部に位置する小さな国ガイアナ共和国出身でイギリス育ちの彼は、幼い頃から機械をいじることが大好きだったとのこと。音楽機材を目の前に、音を操るその姿は、まさに音楽博士のよう!! 前日はメルボルン、そしてケアンズで1ステージをこなした後、次の日はニュージーランドへという多忙なスケジュールの中、サザンクロスタイムス独占インタビューに快く応じてくださいました。
記者: マッド・プロフェッサーさん、本日はサザンクロスタイムスのためにわざわざお越しくださり、ありがとうございました!
マッド・プロフェッサー(MP): いや~、こちらこそ日本人のメディアに紹介してもらって、本当にうれしいですよ。日本は大好きな国なので。
記者: 日本ツアーにも行かれたと聞きましたが、その時のことを教えていただけますか?

左からDJハリー、ジョー、ジェシー、プロバーブ、マッド・プロフェッサー
MP: 日本ツアーでは、東京、名古屋、大阪、広島、福岡などに行きました。Ayumi
(浜崎あゆみ)のリミックスを手がけたり、東京のYellowでのステージもよかったですね。観客のノリも良くって「また行ってみたい!」って思わせてくれましたよ。
記者: なるほど~。では、オーストラリアはいかがですか?
MP: オーストラリアの人達は、音楽を心で感じ取ってくれる気がします。
だから、どこの国よりも精神的な満足感が得られるんですよ。
記者: たぶん良く聞かれる質問だとは思いますが、どうして「マッド・プロフェッサー(きちがい博士)」という名前がついたのですか?
MP: 6歳のころから、いろいろな機械の仕組みについて興味を持ち出したんです。家にあったラジオや電球の仕組みが知りたくて、いつも機械をいじっては分解して母親に怒られましたね。だけど、どうしても知りたかったので、図書館で本を借りて読んだりして、研究してましたね。10歳位になってからも周りの友達はみんなフットボールなんかをして遊んでたんだけど、僕だけ真剣に機械を組み立てたりしながら遊んでたからみんなが僕のことを「マッド・プロフェッサー」って呼ぶようになったんだです。きちがい博士みたいだってね!!(笑)今では、世界中の人達が僕のことをニックネームで呼んでくれてるけど、いまだに母親だけは本名のニールって呼びますね。「自分の息子のことを『きちがい』なんて呼びたくない!」って言ってますよ。
記者: (笑)今、その「きちがいなほど機械好き」ということが仕事の面で役に立っていますか?
MP: 1986年にロンドンの郊外で、「Ariwa」というミュージック・スタジオの経営を始め、最高の機材を取り入れてクオリティーの高い音楽作りを目指してやってきたんです。スタジオでは常に機械をいじっていることが僕の仕事ですからね~。機械に強いってことは本当に役立ってると思いますよ(笑)。世界中の有名アーティストが僕のスタジオにやって来るんで、刺激を受けながら一緒に仕事をしてます。そんなことが、楽しみのひとつですね。
記者: 素晴らしい!!! あっ、そういえば先程、紹介してくださった素敵な男性はどなたですか?

高度な機材を操り、ホットなサウンドを聞かせてくれるマッド・プロフェッサー(右)と、その息子のジョー(左)
MP: あれは、僕の息子のジョーです。
今23歳で、今回僕のアシスタントとしてツアーに参加してくれているんですよ。「将来は、お父さんみたいなミュージック・プロデューサーになりたい」って言ってくれてるんで嬉しいですね。もう1人の息子も同じようなこと言ってますが(笑)。
記者: そうですか~。頼もしい息子さんをお持ちですね!!
ルックスも最高ですし(笑)!!
でもいつも、こうやって世界を飛び回って仕事をされていると、リラックスする時間も必要になってくるんではないですか?

前座を務めたローカルレゲエバンド、I & I(アイ&アイ)
MP: たっぷり休みを取りたい時は、アフリカのガンビア共和国にある、自分で建てたホリデーハウスで、ゆったりとした時間を過ごすんです。「何もしない」という時を過ごしたり、瞑想をしたりする時間を作ると、自然とクリエイディブになれますね。
記者: 今日はお疲れのところ、本当にありがとうございました!!! また、クイーンズランドにも、ぜひいらしてくださいね!
MP: こちらこそ、どうもありがとう!!
来年あたり、日本にも行くかもしれないんで、その時はぜひ聞きに来て下さい。絶対、踊らずにはいられない音楽を楽しめるはずです!!
Posted by admin | Posted in ●インタビュー | Posted on 29-01-2010
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現在東京を中心に活躍するパフォーマンス・アーティスト、山内清司さん。久々にオーストラリアにお戻りになられたということで、サザンクロスタイムスのオフィスにいらしてくださいました。初めての海外生活をオーストラリアで経験した後、世界中を旅し、そこから得た経験と知識、そして生まれ持った才能を活かして、現在アーティストとして活動する傍ら、写真家、ジュエリー・デザイナーとしても活躍中。人間の持つ、感性という素晴らしい才能を大いに発揮しながら、様々な分野でそれぞれの情熱を持って活躍するアーティスト達と融合し、新鮮な芸術を次々と生み出していく山内清司さん。今回は、サザンクロスタイムス独占インタビューとして「Fusion of Passion」(情熱の融合)の原点、ご本人の歴史、展望などを熱く語っていただきました。
清司さん、お帰りなさい!! 現在、日本においてパフォーマンス・アーティストとして、ご活躍中ということですが、主にどちらでどのような活動をされていらっしゃるのですか?
2004年に、長年暮らしたケアンズを離れ、現在はフリーのアーティストとして東京、浜松、新潟などで活動をしています。
アーティストとして活動を開始されたきっかけは何ですか?
23歳のとき、ワーホリでオーストラリアに初めて来たんですが、その時、いろいろなバイトをしつつも生活費に困り、アデレードの路上で絵を描いて売ろうと思い立ったのがきっかけです。特に絵の勉強をしたわけでもなく、昔から得意だったというだけですね。アートショップで、壊れたパステルをタダでもらい、道端で絵を描き始めると、道行く人が立ち止まってくれたり、絵を買ってくれたりしました。そのうち、同じように路上でディジュリデュを吹いていたアボリジニの人が僕のそばで、演奏し始めたんです。その音楽にあわせて自然に体を動かしながら、絵という芸術も同時に生み出していくという、今ある自分のスタイルの原点がそこから始まりました。
パフォーマンス・アーティストとして、今まで印象に残ったショーについて詳しく教えていただけますか?
2004年にケアンズで行なった「怒りのシンボル」というパフォーマンスが印象的ですね。怒りの仁王像を描き、それから火をつけて燃やすという迫力満点のショーでしたね。また、10m×10mのもの大きさの「ドラゴン」の絵をダンサー達が波打たせ、最後にインク爆弾をキャンバスにぶつけるという演出もしましたよ。意外性のあるエンディングに観客は皆、圧倒していました!! 去年、11月~12月に東京、浜松、新潟で行なった、ヴァイオリニストとピアニストと競演した新しいスタイルのパフォーマンスも印象に残るものとなりましたね。テレビのニュースなどでも取り上げられたほど、話題性に富んだ新しいスタイルの芸術だと思います。観客の方から「ショーを見て元気をもらえた」とのコメントを頂いた時、「これはまさに、僕のやりたいことだ! 」と強く感じましたね。
これからの展望をお聞かせください。
できるだけ多くの人に、パフォーマンスを見ていただきたいですね。東京は、文化的にも先端をいっている街なので、刺激も多くて楽しんで活動しています。違う分野のアーティストとコラボ的なこともどんどんやっていきたいし、将来はやっぱりニューヨークに羽ばたいてみたいですね~。オーストラリアを出て日本に住み始める前に、半年間ほど妻と2人で世界を旅してきたんです。インドやヨーロッパ、中国やロシアなどを旅しながら、各国の美術館巡りをしたり、写真を撮り続けたんですよ。今度、この時自分が撮影した写真とコラボしたパフォーマンスもやってみたいと考えています。
本日は素晴らしいお話を聞かせてくださり、どうもありがとうございました。清司さんの芸術に対する情熱をとても強く感じました! これからも、幅広い分野でのご活躍を期待しています!!
こちらこそ、どうもありがとうございました。今年もまた色々な事に挑戦していきたいと思っています!
Posted by admin | Posted in ●インタビュー | Posted on 01-01-2010
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ゴールドコーストで開催された「アジア太平洋映画祭」の授与式において、オープニングパフォーマンスを披露し、世界中を魅了した日本人R&BシンガーのAI。歌への情熱がひしひしと伝わってくる彼女のコメントを12月号でご紹介いたしましたが、今回はサザンクロス読者のため、特別に投げかけてくれた、力強いAIのメッセージをお届けします。
記者: AIさんは海外生活を経験されたことはありますか?
AI: はい、ハイスクール時代、海外生活を経験したことがあります。
記者: 海外生活を通して、感じたことや学んだことを教えていただけますか?
AI: やはり、海外に住むには、自分がなんでここに居るのか、思い入れは何なのか、どんな思い出を作りたいのかを知っていることが大切なんじゃないのかなあと思います。せっかく今、自分がここにいるんだから、今しかできない、貴重な経験をどんどんした方がいいですよ。「間違ったらどうしよう」、「恥ずかしいからできない」と立ち止まっていないで、何事も恐れずに立ち向かっていくべきですね。
記者: 現在、オーストラリアに来ている日本人の方達にメッセージをお願いします。
AI: 皆さん、それぞれ海外に来た目的は違うだろうけど、自分を磨いたり、心を解放したりすると、次第に怖いものがなくなっていきます。海外生活をしていると自分のためになることがいっぱいあるので、チャンスをつかんでがんばってください!!!
記者: 今日は『サザンクロスタイムス』のために、貴重なお時間をさいてくださり、本当に感謝しています。ありがとうございました! これからのご活躍を、心から応援しています!!
AI: こちらこそ、どうもありがとうございました!!
Posted by admin | Posted in ●インタビュー | Posted on 01-12-2009
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A.I. Best Album 『BEST A.I.』11月26日(木)ゴールドコーストで開催された「アジア太平洋映画祭」の授与式において、オープニングパフォーマンスを披露し、世界中を魅了した日本人R&BシンガーのAI。太陽の日差しがまぶしい、夏のゴールドコーストに到着し、本番を前日に控え、ドキドキワクワクしている彼女が「サザンクロスタイムス独占インタビュー」に快く応じてくれました。歌への情熱がひしひしと伝わってくるような彼女のコメントを、ぜひお楽しみください。
Q: オーストラリアに来たことはありますか?
A: 実は、これが3回目なんです。仕事で来たんですけど、やっぱりこの開放感がいいですねえ。
Q:「おくりびとの映画とサウンドトラックが、こうしてオーストラリアで注目されることについてどう思われますか?
A: すごくうれしいですね。気合いを入れて歌わなきゃって感じています。「おくりびと」を日本語で歌うんですが、英語での字幕が画面に出るので、日本語がわからない人でも、歌詞の意味をわかってもらえるようになっています。
Q: 「アジア太平洋映画祭」の舞台を翌日に控えた、今の心境をお聞かせください。
A: まだ、なにが起きるかわからなくて、ドキドキしているところです。緊張していますが、すごく楽しみですね。本番ではあまり緊張しないタイプなんですが・・・。
Q: 今回、舞台で着る衣装について教えてください。
A: いつもはカジュアルなパンツ系の格好がほとんどなんですが、今回「おくりびと」を歌うときには、いつもと違うイメージの赤い衣装を着ます。以前、ツアーの時に着たものなんですが、それをちょっと手直ししたものです。
Q: ニューアルバムがリリースされたそうですが、そのアルバムについて少しお話ください。
A: 「ベストAI」には、9年間の思い出がこめられていますねえ。「おくりびと」も、もちろん入っていますよ。このアルバムを作るには、ファンの方に投票してもらって、どの曲をアルバムに入れるかを決めたんです。全部の曲に、それぞれの思い出がこめられていますよ。「マイフレンド」、「Story」、「ビリーブ」、「I Wanna Know」など、どれも自分自身の心境を歌詞にしました。
Q: 今、ゴールドコーストに来ていらっしゃいますが、この土地の印象は?
A: イエーイ! オーストラリア!! って感じですね。時間があったら、ビーチにでも行ってみたいです。旅に出ると、いつもリフレッシュできますね。同じ環境にいる時よりも、クリエイティブになれる感じです。
Q: AIさんにとって2010年はどんな年になりそうですか?
A: 自分にとって、デビュー10周年目という区切りの良い年なので、スペシャルな年にしたいと思っています。海外や日本で活躍するビッグアーティストとコラボをしたいと考えているので、現在オファーを出しているところなんです。そしてやっぱり、ファンの人たちが喜んでくれることを、ぜひしてみたいですね。また、自分自身でさらっとした曲も作って歌っていきたいと思っています。
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